2010年4月4日 魚沼市 魚止山(722)・まないた山652)・高鼻山(817.5)


旧守門村松川集落終点7:30  魚止山10:00  発10:10  まないた山11:15  発11:30  高鼻山13:15  発14:15
高鼻橋15:00  松川集落17:30

 薮ネットの栃尾Aさんとその弟さんと3名で魚止山+αの山を目指すことになっていた。旧守門村松川部落除雪最終地点に集合としていた。Aさんとは、昨年この界隈の土崩山・あおり山・繁松山を歩いている。今回の計画は、かねて先月より、Aさんが個人的に色々と探索をしており、今回はそのルートの確証と、可能であれば高鼻までの大縦走をと計画し、私も賛同し加わることにしたのである。
 4日はスキーマスターズの大会の2日目が大原スキー場で実施されており、私の宿にも多少宿泊者が居り、その朝食準備をしてから家を出た。
 4日の朝は、気温が冷え、放射冷却となっていて、車が凍り出発するのが少し遅れた。約束の7時半ぎりぎりに松川部落に着き、準備した。
 私はコースがあまりよく解らなかったので、Aさんと弟さんの後に付いて登った。
 目的のコースの概略は「須原」二万五千分の一図である。旧守門村松川集落のほぼ中央に黒又第一発電所があり、黒又第一ダム湖からの送水管がある。送水管脇から上滝沢があり、ルートはその左岸尾根を伝うというものであった。とりあえずの目標ピークは魚止山であり、そこから先のルート計画はその場で決めるというアバウトなものであった。
 松川林道を100mほど歩き、送電線がクロスしている部分を目印に尾根に取り付くのだと言う。のっけからの急登で、ここが一番の急登箇所だとAさんは言う。かなり苦しかったが、雪が凍みていたので随分と歩きやすい。そこからだらだらとアップダウンを繰り返し、381、538.6p三角点と歩く。538.6p三角点直下の急登は既にブッシュが所々露出しているところもあり、青色吐息で登った。538.6pから眺める魚止山はなかなかいい山に見えた。 
 頂上稜線に着くと、浅草岳山塊や守門山塊が手に取るように見えた。途端、携帯が鳴り、確認すると地元の観光登山仲間のSさんからであった。今○○まで来て双眼鏡で山を眺めているのだが、守門には7人位登っているのが見える・・・と実況中継してくれた。私もSさんに魚止山の位置を知らせ双眼鏡で確認してもらおうと思ったが、どうも解らないらしく、電池が切れ掛かっているので又どこかへ行きましょう、と電話を切った。
 魚止山でしばらくゆっくりと休憩し、時間も早いので高鼻を目指すことになった。出発すると雪が腐り始めていた。途中の尾根は所々雪がなく、薮歩きとなるが、何かの調査杭が所々見られそのための刈り払いがあり、さほど歩き難い藪ではなかった。ただ、雪の上から木がある所を歩くのは、やはりもまどろっこしいと感じる。
 652まないた山で休憩とした。11時を過ぎており、かなり空腹感を感じていたので、弁当の8割を腹に収める。少し下ると、土崩山方面へと行く送電線巡視路の破線とぶつかる。鞍部から急登となるが、所々雪塊が残っていてめんどくさい。予め取り付けられている鎖とともに、昨年の三角点調査の業者が取り付けたロープも残地されている。上方に795p三角点と手前のピークには、割れ目があり、一見険悪そうに見えたが、795pも昨年調査道が作られていてさほどの苦労もなく通過できた。
 800尾根を通過し、およそ6時間掛かり高鼻山に到達した。高鼻山では越後駒ヶ岳・兎岳・荒沢岳・未丈ヶ岳・権現堂山塊・桧岳・毛猛山塊・守門岳の山塊・浅草岳鬼が面山山塊・遠く刈羽黒姫山米山などが眺められた。特に桧岳は眼前に迫り、険悪さを強調させ、人を阻むような山容を見せ付けていた。
 スコップを取り出し、掘割を作り椅子にした。ラーメンを煮て食べようとすると、Aさんが浅井さんの分もラーメンを持って来てあると、嬉しいことを言って頂き、馳走になることにした。ビールの三五缶まで頂き、至福のときを過ごした。
 遠く各山には大勢の登山者が祝杯をあげ、美味い料理にこうして舌鼓を打っていることだろう。マイナーなこの低山で、貸切の山を堪能できる占有した快感は、通常の山行きでは知りえない達成感を生むものである。こういうマニアックさが自我を回復させてくれるのかもしれない。
 午後2時を過ぎた頃、後ろ髪を引かれながら高鼻山を後にした。僅か45分で高鼻橋に着いた。高鼻橋を過ぎた松川川右岸のアバランチシュートから膨大な全層雪崩が発生した。間近で見る自然の脅威は恐るべきエネルギーだった。
 林道を黙々と歩くのだが、林道右の急傾斜から夥しいほどの雪崩跡があり、常に緊張しながら通過しなければならなかった。雪が下まで繋がっていればさほど危険はないと考えられるが、所々雪が切れているものは、雑木の上を滑り落ちてくる可能性は大である。3人が固まって歩くことは危険なので、ある程度間隔を取って歩くこととした。万が一の場合には犠牲を少なくすることと、事故後の救助のためでもある。言ってみれば、この林道歩きがこのルートの核心部であったともいえよう。できることなら朝早めに出て、松川川付近を通ることのない、尾根のルート取りを鉄則とした環状踏破すること事がベターであろう。
 林道を厭というほど歩き、ようやくゴールに到着した。

魚止山から守門岳を見る
高鼻山から唐松山
高鼻山に着いて(歩いてきた軌跡)
高鼻山山頂のAさん兄弟 桧岳 右は未丈ヶ岳

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