9月7日 袴腰山(八木鼻)

9月12日に実施の予定の、八十里越えトレッキングの下見を行うべく、吉ヶ平方面へと車を向けた。
通常は葎谷を経由し、一気に峠越えをし、遅場まで行くのだが、夏の大雨により、道路工事の為通行不能であった。
仕方ないので、八木鼻まで行き、そこから吉ヶ平を目指した。
かねてより、山仲間のYさんが、決壊箇所が有り、通り抜けは出来ぬと、連絡を受けてはいた。
はっきりとした状況の確認をしなければと、通行止め付近からバリケードの脇を抜け、車を乗り入れた。
Yさんの言うとおり、決壊場所は100m以上にも及び、取り合えず、工事資材を運搬する為にモノレール工事が施されていた。
モノレールの向こうには、チェーンソーの音が響き、これからやっと、樹を切り、工事に移る図が予想された。
決壊した場所を歩いて行けば行けない事は無いが、崩落が予想され、歩行者も立ち入り禁止・・と看板に明記されている。
藪も行けない事は無いが、「歩行禁止」とまで明記されている看板を無視し、立ち入る事は、邪道であろうと諦める。
3名ほどの踏破希望者が既に居られたが、今年は中止とする旨、連絡を急ぐものと決めた。
車まで引き返したが、未だ午前10時を回ったばかりである。
このまま帰路に付いたのでは、実に芸が無い。
お気軽の山を一つ登っておこうか・・・と言う気になり袴腰山に登る事にした。
袴腰山は、標高500m強の、里山である。
以前、御神楽岳撤退時についでに登った山でもある。
あの時は、舐めて掛かり、1時間以内で着くであろう、などと高をくくって行ったのであるが、
1時間10分くらい掛かり、バテバテになった記憶が残っている。
従って、1時間半くらい掛け、暑いのでゆっくり登ろうと思っていた。
八木鼻の岸壁の真下の駐車場に車を止め、弁当とウーロン茶一つで向かった。
10時半を過ぎており、誰も居よう筈も無い。
明日にでも来るであろう台風を前に、一体はフェーン現象となり、むんむんと熱波が漂っている。
駐車場から直ぐの所には、陸砂利が敷き詰められていた。
今の時期特有の女郎蜘蛛が、でかい巣を作って、極彩色の体を巣のど真ん中に位置させている。
直ぐに鬱蒼とした杉林が現れた。
目の前は未だ車道で、温泉割烹旅館の山天さんが見えた。
過去に、新潟県森林インストラクター会の忘年会で訪れた事のある旅館だ。
なかなか味わい深い温泉宿だった気がする。
杉林の中央に、分岐があり、神社へ行く方向と、八木鼻或いは袴腰山に行く標識になっていた。
杉林から直ぐ坂道となり、九十九折の登りが続く。
途中で、自分の父親世代の御老人に会う。
年はうちの親父達と同じである感じだが、骨格が歪んでいない。
過去の労働の種類によるものであろう。

八木鼻分岐からしばらく緩登が続くが、恐ろしく暑く、袴腰山山頂まではアップダウンもあり、登山意欲が極端に薄れていくのを感じる。
しかし、袴腰山を途中撤退では洒落にならない。
風は吹くのだが、標高も低く、風も熱風という感じで、極端にペースは落ちる。
それでも休み休み、1時間半ほどで山頂に着いた。
さすがに遅いペースであろう。
山頂には、やはり手ごろな里山なのか、1名の登山者に行き合った。
山頂直下の別のコースからの登山であったようだ。
こちらに住んでいる人にとっての守門岳は、この形が正面であり、私が住んで入る大白川からの守門岳もこれまた正面なのである。
夕食準備もあるので、1時間掛けてゆっくり下山した。

山に対し、どんな山であっても真摯に向かうべし・・当たり前の事であろうが、改めて感じた貴重な袴腰山登山体験であった。
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