4月16日 権現堂山

 H氏を誘い権現堂山を目指した。
戸隠神社から中越登山道を経て上権現堂山まで行こうという計画であった。
戸隠神社近くに車を停め、林道を歩き始める。
砂防ダムが有り、その川の下にはヒューム管が伏せてある。
その地点から、朽ちかけた道標が有り、登山道を指している。
沢沿いにへつりながらも高度を上げ、やがて杉の造林地に入っていく。
杉の造林地には未だ雪が残っており、登山道は消え失せた。
地図を確認し、もう1度解らなくなった地点まで引き返す。
ほぼ直登気味に登山道を発見し登る。
その後、再び道は雪に埋もれ、鉈目を頼りに進む。
地図に載っていない川を渡り、ブナ帯に入る。
ある程度まで行ったら、あまり気にせず、目的地に向かい雪を利用し登る。
2時間で下権現堂山と上権現堂山間の稜線に到着。
空腹を覚えたので、稜線上の岩の上で大休止する事にした。
帰り時間が気になったので、H氏にこのまま上権現堂山まで至らず、下権現堂山を経由し帰路しようと案を言う。
H氏も連日の山菜採りで疲れているらしく、賛成してくれた。

権現堂山は、実に地味な存在であるが素晴らしい山である。
この山塊の最高峰唐松山は、わずか1000メートルを出るのみにとどまっている。
しかし、5本の各登山道を持ち、それらを上手く利用すれば各ピークの良い部分を味わう事が可能だ。
下権現堂山〜上権現堂山を経由し、さらに猫岩〜唐松山までの大縦走をこなせば3時間近くは要するであろう。
1,000m前後でありながら、痩せ尾根では岩が目立ち、高山的な雰囲気をもかもし出している。
南には、越後三山が間近に見え、北にはどっしりとした守門岳、浅草岳、毛猛山塊が雪を被っている。
 それらを眺めながら、H氏と共に無言で握り飯を食う。
心の鬱屈や、訳の解らない体内の毒素がひとまず出たような気分になる。
30分ほど休憩し、稜線歩きを楽しみながら下権現堂山を目指す。
下権現堂山山頂には、立派な看板が掲げられている・・・3月1日にはこれは雪に埋まっていた。
軽く休憩し、そのまま下り始めるのだが、途中で又道が解らなくなってしまう。
何年も前の夏道の記憶は全く当てにならず、再度地図を見てチェックしながら下った。
雪のない登山道に入ると、温度はどんどん上がっているのか暑く感じられ、初夏の匂いを感じた。

戸隠神社 稜線上から見る上権現堂山
下権現堂山山頂の看板 弥三郎清水

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